量を経験していない質は無価値

量より質。

どんな分野でも、よく聞く言葉だ。

これは正しい。

ただし、順番を間違えてはいけない。

最初から質を求めても、その質は大して高くない。

なぜなら、比較対象も経験もないからだ。

本当に質を語れるのは、量をこなした人間だけである。

最初から質を求める人はまだ質を知らない

― 効率よくやりたい
― 最短で結果を出したい
― 無駄なことはしたくない

その気持ちはよくわかる。

だが、その思考には落とし穴がある。

量をこなしていない人間には、何が無駄で何が必要かを判断するための比較材料がない。

だから「質を重視している」つもりでも、実際はただ量から逃げているだけのことがある。

あらゆる分野の成功者が、最初は量だと言う理由はここにある。

まず大量にやる。

そこで初めて、必要なものと不要なものが見えてくる。

筋トレにおいても初心者が質だけを求めるのは危険

筋トレでも同じだ。

最近は科学的な情報が簡単に手に入る。

低ボリューム高強度が筋肥大に有効。

こうした話を聞くこともある。

たしかに、一定条件では正しい。

だが、それを初心者がそのまま真似して意味があるかというと別の話だ。

例えばベンチプレス1セット。

初心者がその1セットに、すべてを出し切れるだろうか。

おそらく難しい。

― フォームも安定しない
― 力の出し方もわからない
― 限界の感覚も曖昧

つまり、本当の意味で「高強度」が作れない。

これはアームカールでも同じだ。

上級者が1セットで十分な刺激を入れられるのは、経験があるからである。

初心者はまず量をこなした方がいい。

4セットでも5セットでもいい。

まず筋肉に刺激を与える経験を積む。

そこから感覚が育つ。

量は質を見抜くための授業料である

量をこなすと、無駄も経験する。

遠回りもする。失敗もする。

だが、それが必要なのだ。

なぜなら、その経験が質を見る目を作るからだ。

何が効果的で、何がそうではないのか、そして、どこに注力すべきなのか。

これは机上ではわからない。

量をこなして初めて理解する。

量は無駄ではなく、質を手に入れるための授業料である。

最初に必要なのは洗練ではなく泥臭さ

これは筋トレ以外でも同じだ。

― 仕事
― 勉強
― 趣味
― スポーツ
― ビジネス

最初から効率を求めすぎる人は、経験値が足りない。

まだ地図を持っていないのに最短ルートを探しているようなものだ。

そんなもの、わかるはずがない。

― まずはやる
― 量をこなす
― 失敗する
― 遠回りする

そこでようやく質が見えてくる。

量を経験していない質は無価値だ。

なぜなら、それは本質を分かっていないからである。