初心者ほど、よく悩む。
― このフォームで合っているのか
― 本当にここに効いているのか
― やり方は間違っていないか
もちろん、正しくやろうとする姿勢は大切だ。
だが、その意識が強すぎると、逆にうまくいかなくなることがある。
疑いすぎると、身体は鈍る。
これは筋トレだけの話ではない。
完璧にやろうとする人ほど動けなくなる
真面目な人ほど、この傾向がある。
― 正しくやりたい
― 効率よくやりたい
― 無駄なことはしたくない
その気持ちはよくわかる。
だが、その思考が強すぎると、行動が止まる。
筋トレでもそうだ。
― フォームが少し気になる
― 効いている感覚が曖昧
― このやり方で合っているのか不安になる
すると動きがぎこちなくなる。
本来は自然にできるはずの動作が、頭で分解しすぎることで崩れていく。
考えることが、かえってノイズになる。
初心者に必要なのは「確信」ではない
初心者の段階で、すべてを理解することはできない。
なぜなら、経験がないからだ。
― フォームの正しさも
― 効いている感覚も
― 適切な負荷も
最初から正確に判断できるはずがない。
にもかかわらず、最初から完璧な理解を求める。
これは無理な話だ。
理解とは、先にあるものではない。
繰り返しの中で育つものだ。
つまり初心者に必要なのは、確信ではない。
継続である。
疑いは行動のエネルギーを奪う
疑いが強くなると、人は動けなくなる。
― これで合っているのか
― もっといい方法があるのではないか
― 今やっていることに意味はあるのか
この思考は、一見すると知的に見える。
だが、多くの場合、前進を止める。
なぜなら、行動にはある程度の勢いが必要だからだ。
すべてを納得してから進もうとすると、いつまでも進めない。
筋トレでも人生でも同じだ。
最初から最適解が見えている人間などいない。
動きながら修正するしかない。
理解は継続のあとにやってくる
筋トレを続けていると、ある日わかる瞬間が来る。
― ああ、こういうことか
― この感覚か
― 前は全然わかっていなかったな
そういう瞬間だ。
だが、その理解は、最初から考えて得たものではない。
続けたから得られたものだ。
これは筋トレ以外でも同じである。
最初から確信を持てるものは少ない。
それでも続ける。
その先で、ようやく理解が追いつく。
疑うなと言いたいわけではない。
だが、疑いすぎるな。
最初に必要なのは、完璧な理解ではない。
前に進むことだ。
