日本人の多くは、アーノルド・シュワルツェネッガーを
「ターミネーターの筋肉俳優」
として知っているかもしれない。いわゆる“シュワちゃん”だ。
だが、彼の原点は映画ではない。
己の肉体を極限まで鍛え上げる、ボディビルにある。
すべては敗戦国オーストリアの少年から始まった
アーノルドは、戦後間もないオーストリアの田舎で育った。
豊かとは言えない環境。英語も話せない。コネも、学歴もない。
明るい未来も期待できない。
そんな彼が目を向けたのが、ボディビルという競技だった。
筋肉は、
― 裏切らない
― 言い訳を許さない
― 努力がそのまま形になる
15歳からボディビルを始め、21歳のとき、この世界で頂点に立つと決意し、アメリカへ移り住んだ。
ボディビルで得た圧倒的な成功体験
アーノルドは、ミスター・オリンピアで前人未到の7度優勝を果たす。
彼のトレーニングに向き合う姿勢は、当時のボディビル界でも異質だった。
彼の時代、周囲のボディビルダーは皆、苦痛に顔を歪めながらトレーニングしていた。
つらさに耐えることが美徳とされていた。
だが、アーノルドは違った。
きついトレーニングの最中、歯を食いしばりながらも、時に笑顔すら見せていたという。
なぜか。
彼には、持ち上げるダンベルが「トロフィー」に見えていた。
目の前の一回一回のレップが、夢に近づく一歩であり、未来を手に入れるための通過点だった。
苦痛ではなく、意味のある行為としてトレーニングを捉えていたのだ。
ボディビルを通して、彼が手に入れたのは、
明確で大きなビジョンを持ち、努力を注げば、現実は動く
という確信だ。
舞台が変わっても、やることは同じだった
ボディビルで頂点を取ったあと、彼は次にハリウッドを目指す。
周囲は言った。
― 英語に強い訛りがある
― 体が大きすぎる
― 名前が覚えにくい
当時のアメリカ映画界には、「筋肉俳優」という概念すらなかった。
普通なら、諦める理由はいくらでもあった。
だが彼は、ボディビル時代と同じことをした。
― 肉体を活かした演技を学ぶ
― 訛りがあっても英語を磨く
― そして、誰よりも働く
結果的に、そのすべてが武器になった。
なぜ、『ターミネーター』シリーズは大ヒットしたのか。
理由はシンプルだ。
あの圧倒的な肉体。そして、ドイツ語訛りの無機質な英語。
それらが合わさることで、まるで本物のサイボーグのような存在感が生まれた。
本来は欠点とされていた要素が、役柄と完璧に噛み合ったのだ。
英語の訛りは、感情を持たない機械の不気味さを強調した。
筋肉質な身体は、人間離れした存在感を与えた。
逆境のすべてが、プラスに転じたのだ。
さらに政治の世界へ
映画俳優として成功し、富も名声も手に入れたあと、彼は次に政治の世界へ進む。
普通に考えれば、そこまでして挑戦する理由はない。
だが、彼には明確な理由があった。
それは、
移民として自分を受け入れ、育ててくれたアメリカに恩返しがしたい
という思いだ。
特に、彼の心にあったのはカリフォルニアだった。
ボディビルダーとしての若き日、仲間たちと汗を流し、毎日のようにトレーニングに打ち込んだ場所。
ゴールドジム一号店のある地でもある。
自分を支えてくれた仲間たちが暮らし、夢を追う人間が集まるその場所に、今度は自分が力を返す番だと考えた。
ここでも、彼の思考は一貫している。
目先の安定ではなく、大きなビジョンを選ぶ。
最終的に彼は、アメリカ・カリフォルニア州知事にまで上り詰める。
筋トレは人生の原動力になりうる
アーノルドの人生は、「筋トレをすれば成功する」という話ではない。
そうではなく、
筋トレによって得た成功体験が、人生を押し進めた
という話だ。
― 本気で努力し
― 結果を出すことで
― 自分を信じられるようになる
その経験はたった一度でも、その後の人生すべての燃料になる。
筋トレは、単なる身体づくりではない。
人生を動かすための、最初の成功体験を作る手段でもある。
アーノルド・シュワルツェネッガーは、それを誰よりも大きなスケールで証明した。

