これはかなり暴論かもしれない。
だが、一度最後まで聞いてほしい。
私は、国民全体の筋力は国全体の力そのものだと思っている。
もちろん、筋肉だけで国が豊かになるはずはない。
経済政策が必要であり、教育も必要であり、技術革新も必要である。
だが、それらを支えるのは結局人間である。
そして人間の活動を支えているのは身体だ。
そう考えると、筋力と国力は決して無関係ではないように思う。
少子高齢化という日本最大の問題
現在の日本が抱える問題は数多い。
その中でも最も大きなものの一つが少子高齢化だろう。
高齢者が増える一方で、働く世代は減る。
すると社会保障費は増え続ける。
特に大きいのが医療費と介護費だ。
これらは私たちの税金や社会保険料によって支えられている。
つまり医療費や介護費が増えれば、その負担は現役世代へと重くのしかかる。
手取りは減り、自由に使えるお金も減る。
将来への不安も大きくなる。
これは社会全体の活力にも影響する。
少子高齢化が問題視される理由は、単に高齢者が増えるといった単純なものではない。
筋力は人間の安全網
もちろん、すべての病気や介護を筋トレで防げるわけではない。
だが、筋力不足や運動不足が原因となっている問題は想像以上に多い。
― 足腰が弱くなる
― 転倒する
― 骨折する
― そのまま寝たきりになる
これは高齢者によく見られる流れである。
逆に言えば、足腰が強ければ防げるケースも少なくない。
実際、多くの人は病気そのものではなく、身体機能の低下によって自立した生活が難しくなる。
― 自分の足で歩ける
― 買い物へ行ける
― 階段を上れる
― トイレへ行ける
こうした当たり前のことを維持するために筋力は欠かせない。
筋肉は見た目のためだけに存在しているわけではない。
人生の自由を守るために存在しているのである。
運動こそが最高の予防医療
さらに運動には、生活習慣病の予防効果も期待できる。
肥満、高血圧、糖尿病、心血管疾患。
これらは日本人の健康寿命を縮める大きな要因である。
もちろん遺伝的要素もある。
だが運動習慣が様々な病気のリスクを下げることは、多くの研究で示されている。
もし運動習慣を持つ人が増えたらどうなるだろう。
医療費は減るかもしれない。
健康寿命が伸び、介護費も減るかもしれない。
一人ひとりの変化は小さくても、国民全体で考えればとてつもなく大きな変化になる。
そして、浮いた国家予算は未来へ投資される
ここからが面白いところだ。
もし医療費や介護費が大幅に減ったら、そのお金はどこへ行くのだろう。
減税に使えるかもしれない。
教育に投資できるかもしれない。
子育て支援を充実できるかもしれない。
研究開発に回せるかもしれない。
国のお金には限りがある。
だからこそ、不要な支出を減らすことにも価値がある。
そして健康は、その数少ない手段の一つである。
手取りが増えれば消費が増える。
経済が回る。
子どもを持つことへの不安も少し和らぐかもしれない。
教育環境が改善されれば、より優秀な人材が育つかもしれない。
筋トレと経済政策は一見無関係に見える。
だが長い目で見れば、決して無関係ではないのである。
What if… 国民全員がスクワットしたら
もちろん、国民全員が毎日スクワットしたからといって、日本の問題が解決するわけではない。
そんな単純な話ではないことは承知である。
だが想像してみてほしい。
国民全員が
― 今より少しだけ運動する社会
― 今より少しだけ筋力がある社会
― 今より少しだけ健康な社会
それだけでも、日本が得られる利益は想像以上に大きいのではないだろうか。
私は筋肉を、単なる個人の趣味だとは思っていない。
筋肉は
― 人生を支える
― 家族を支える
― そして巡り巡って、社会全体を支える力にもなる
そう考えると、
「国民の筋力は国力である」
という言葉も、あながち暴論ではないような気がするのである。
