目的と手段が逆転していないか?

ベンチプレス100kg。

これは、多くの人にとって一つの憧れだ。

目標にするのは素晴らしい。

努力の指標にもなる。

だが、一つ確認してほしい。

あなたは何のために、それを目指しているのか。

パワーリフターなら話は別だ。

重たい重量を挙げること自体が競技であり、目的になる。

だが、もしあなたの目的が「筋肉をつけること」なら話は変わる。

ベンチプレス100kgは本来、筋肉をつけるための手段にすぎない。

手段はいつの間にか目的になる

筋トレではよくある話だ。

ベンチプレス100kg、120kg、140kg...

確かに重量は伸びた。

だが、思ったほど胸板が厚くなっていない。

こういう人は意外と多い。

なぜか。

目的と手段が逆転しているからだ。

本来の目的は、大胸筋を育てることだった。

そのためにベンチプレスをやっていた。

だが途中から、

― もっと重く
― もっと記録を伸ばす

そこばかりに意識が向く。

するとフォームが雑になる。

― 反動を使う
― 可動域が浅くなる
― 狙った筋肉から負荷が逃げる

結果として、重量だけは伸びる。

だが本来欲しかった身体は手に入らない。

これは筋トレだけの話ではない

かなり本質的な話だ。

会社員にもよくある話だ。

本来は、お金を稼いで人生を豊かにするために働いていたはずなのに、気が付けば、

― 昇進すること
― 評価されること
― 忙しく働くこと

それ自体が目的になり、人生の豊かさとはかけ離れていく。

ビジネスでもそうだ。

自社のサービスをアピールするために、SNS運用をしていたとする。

フォロワーを増やす
― 閲覧数を伸ばす
― いいねをもらう

それ自体は悪くない。

だが、数字を追うことが目的になると、本質を見失う。

いつの間にか、自社のアピールではなく、数字の取れる投稿が並んでしまうだだろう。

定期的に目的を問い直す

手段と目的の逆転。

これは思っている以上に恐ろしい。

なぜなら、手段というものは「努力している実感」を非常にわかりやすく与えてくれるからだ。

― ベンチプレスの重量が伸びる
― フォロワーが増える

数字は明確で、変化も見えやすい。だからこそ、人はそこに安心してしまう。

自分は前進している、と。

もちろん、それ自体が悪いわけではない。

数字の成長は努力の結果であり、誇るべきものでもある。

だが怖いのは、その数字を伸ばすこと自体がいつの間にか目的になってしまうことだ。

本来、自分は何のためにそれを始めたのか。

― 身体を変えたかったのか
― 人生を豊かにしたかったのか

そこを見失った瞬間、努力は本質からズレ始める。

だからこそ、定期的に問い直す必要がある。

今やっていることは、本当に目的に近づくための手段なのか。

それとも、手段そのものを追いかけて満足してしまっていないか。

本質を見失えば遠回りになる

手段は重要である。

だが、それはあくまで目的を達成するための道具にすぎない。

ベンチプレス100kgもそうだ。

その目標自体は素晴らしい。

だが、もし本来の目的が「大胸筋を育てること」だったなら、その100kgが本当にそこへ繋がっているかは別の話になる。

人生でも同じである。

― 資格を取ること
― 大企業に入ること
― 営業成績を上げること

だが、本当に求めていたものが、その先にあるとは限らない。

本質を見失えば、時に驚くほど遠回りになることがある。