「この重量、何回できそうですか?」
パーソナルトレーニングでよくする質問だ。
すると、多くの人は実際にできる回数よりも、かなり低く見積もる。
「8回くらいです」
「10回が限界です」
そう言いながら、実際にやってもらうと12回、15回と続くことも珍しくない。
人は、自分が思っている以上の力を持っている。
にもかかわらず、その力を使い切る前に、自分で限界を決めてしまう。
人は自分の限界を正確に知らない
自分のことは、自分が一番わかっている。
そう思いたくなる。
だが、少なくとも身体に関しては、そうとは限らない。
トレーニングの現場ではよくある。
この重量で何回できそうかと聞くと、控えめな数字が返ってくる。
だが実際にやってみると、その予想を超える。
本人も驚く。
つまり、自分の限界を正確に把握していないのである。
これは珍しい話ではない。
むしろ、多くの人に共通している。
本当の限界より先に心がブレーキを踏む
身体が止まる前に、心が止まる。
これは筋トレではよくある現象だ。
― きつい
― もう十分やった気がする
― これ以上は無理そうだ
そう感じた時点で、多くの人は終わらせようとする。
だが実際には、そこからまだ数回できることが多い。
もちろんフォームが崩れるまで無理をしろという話ではない。
だが、ここで見える本質がある。
人は身体の限界まで到達する前に、主観で終わらせてしまう。
つまり、限界の正体は、必ずしも現実ではない。
過小評価は安全だが成長を止める
自分を過大評価するのは危険だ。
無謀な挑戦につながる。
だが、過小評価もまた問題である。
なぜなら、本来出せる力を最初から封じてしまうからだ。
― 自分には無理だ
― ここまでだろう
― このくらいが限界だ
そう決めた瞬間、その先は存在しなくなる。
筋トレで負荷をかけなければ身体が変わらないように、人生でも、自分の可能性に負荷をかけなければ変化は起きない。
安全な自己認識は、居心地がいい。
だが、そこに成長はない。
自分の力は試してみるまでわからない
多くの人は、自分を知らない。
正確に言えば、過去の自分を基準に、今の自分を判断している。
だが、人は変化する。
― コンディションも変わる
― 経験も積み重なる
― 知らないうちに、できることは増えている
にもかかわらず、昔の自己評価のまま生きている。
それはもったいない。
筋トレの価値のひとつは、思い込みの限界を更新させてくれることだ。
― あと1回
― もう1回
その積み重ねの中で、人は自分の認識を書き換えていく。
本当の限界は、やってみなければわからない。
そして、多くの場合、あなたが思っているより少し先にある。
